タレントマネジメントは人選、つまり誰がどのような資質を持っているかを識別して、配置・昇進・育成を設計する経営手法です。
長い目で見ると組織づくりそのものと言えます。
タレントマネジメントの目的は、将来の人選
人物計測はビッグファイブ
まずはじめに、各従業員の性格の定量記述が、人選の再現性の基礎になります。
タレントマネジメントのブレークスルーは、性格のビッグファイブが特定されたことです。
ビッグファイブは、日常の行動をよく知る同僚(上司・部下を含む)による多面評価で客観的に計測できます。
| 特性 | 説明 | |
|---|---|---|
| 1 | 信頼性 | あらかじめ決められたルールに忠実な度合い |
| 2 | 情緒安定性 | ネガティブな情動に関する強さ・持続性の度合い |
| 3 | 開放性 | 連想や行動が表現する複雑さ・幅広さ・深さ・他者との違いの量 |
| 4 | 外向性 | 社会や物質的な外界に対して、エネルギッシュに働きかける度合い |
| 5 | 協調性 | 他の人との距離感について、集団性/孤立性の度合い |
人物の特徴を測る性格尺度について広く科学一般で合意がとれたことで、職務ごとに「Big5のどの性格特性が成果と関係するか」を同じ座標で研究できるようになりました。 そして、さまざまな職務や成果について検証すると、その条件に対応する特性が職務成果と十分な関係を示すことが繰り返し確認されてきました。
圧倒的に幅広い職種で研究が蓄積された結果、いまや関係が弱いという結果ですら「誰でもできる仕事」または「誰にもできない仕事」という比較可能な情報が得られるため、原理的にはあらゆる職種に適用できる汎用的な性格記述体系になっています。
後述のとおり、タレントマネジメントのツール市場には根本概念の混乱があります。1 科学の知見を活用して業務改善したいのであれば、基礎スコアとなる人物の計測にはビッグファイブを使うことが必須と言えます。
ビッグファイブ以外の指標を予測に導入すると、主にノイズを見る可能性が高まり、よほど統計推論に熟達した組織でない限り人選を誤る危険があります。
仕事の分析こそ各社の工夫のポイント
タレントマネジメントの効果を左右するのは、各社が認識している仕事モデルの精度の差です。
対人要求・競争・創造性・裁量など、個々の仕事の特徴によって性格と成果の関係が変わることが分かっています。23 これは営業やエンジニアといったよく知られた職種単位では足りず、職場レベルで仕事内容や顧客の性質の違いまで考慮に入れることで、人選の予測力が高まるという意味です。
自社の業務を次のような手順で分析することで、仕事を適切にモデル化できます。
- 仕事で実際に起きた成功・失敗の事例をまとめる
- 事例の分類整理から成果を左右する重要行動を抽出する
- 重要行動とビッグファイブの関係を仮説だてる
仕事のモデル化やそのバージョンアップでは、その仕事にもっとも詳しい人が主体となって監修することがポイントです。
これは役職上の権限やハイパフォーマーという観点ではなく、実務家のうち環境や前提条件を含めてもっとも詳しく理解している人が適しており、複数の人をアサインできるならより客観性を得られます。
成果は、実際の仕事で測る
タレントマネジメントは、仮説検証を基礎に置く戦略です。
モデル化の過程で特定した重要行動のセットが適切に仕事と業績を捉えているかは、行動成果の評価を通じて検証します。
モデル化の過程で、評価尺度も定めておきます。評価尺度の適切さは、次の4点で確認します。4
- モデルの重要行動と対応づける。何の成果を測るのかが明確か
- 仕事の重要な部分を十分に含んでいるか
- 本人以外の要因を成果として数えていないか
- 同じ意味で人物間を比較できるか
売上や生産量でも、担当顧客・市場・設備・チームの条件が大きく混ざれば、そのまま人物の成果にはできません。逆に上司評価でも、仕事の重要な行動や成果を定義して測るなら評価尺度になりえます。
除外すべき指標
評価尺度は実際の仕事を測ることが前提です。 次のリストは、タレントマネジメントの評価尺度に混入すべきでないものです。
| 職務成果から除外するもの | 代表例 | 理由 |
|---|---|---|
| エンゲージメント・従業員満足度 | エンゲージメント、従業員満足度、仕事への愛着、組織コミットメント | 態度・心理状態であり成果そのものではない |
| モチベーション・自己評価 | モチベーション、自己効力感、仕事の意味、心理的資本 | 成果を左右しうる要因であって成果ではない |
| 健康・コンディション | ストレス、ウェルビーイング、バーンアウト | 働く人の状態 |
| 上司・職場との関係 | 上司との関係、心理的安全性、信頼、組織支援 | 環境・関係性 |
| 適合度 | P-J fit / P-O fit | 人と環境の関係 |
| キャリア・人事上の結果 | 昇進、役職、等級、給与、HiPo評価、昇進可能性 | 組織の配置・選抜・処遇結果 |
| 勤怠 | 出勤率、欠勤、遅刻、有給取得 | 管理情報 |
仕事モデルの改善
策定直後の仕事モデルは、モデル自体の完成度に懸念がある段階からスタートします。 評価データを分析することで、次のような点があれば、仕事モデルにフィードバックし改善に活用します。
- 評価者によって判断が割れる → 行動抽出または評価基準が曖昧だった
- 実際に重要だった行動が評価項目にない → モデルに欠落がある
- 項目には該当するが、状況によって意味が逆になる → 仕事を分けてモデル化すべき
- 高評価なのに業績につながらない → 重要行動の仮説が誤りを含む
- 何人を評価してもほぼ同じ点になる → 成果差を捉えない項目を置いている可能性がある
- 評価時に「このケースはどこに入るのか」で迷う → 分類体系そのものへの具体的な修正材料になる
最終的に、モデル全体の完成度は業績との関連性でチェックすることで判断できます。 安定したモデルが得られれば、性格に着目した人選と異動配置の基盤となり、直接的な意味のタレントマネジメントが実行可能となります。
一般化された学術研究と自社の仕事条件はおおむね異なるため、配置後の職務成果を追跡することで精度upの余地があります。性格データと仕事モデルの評価のセットから予測方法を見直すことで、その職場での予測を改善できることが研究でも確認されています。567
サクセッションプラン
タレントマネジメントには様々なテーマがありえますが、あらゆる企業にとって最も重要な課題は、トップマネジメントのパイプライン形成です。
当然ながら、すべての企業は経営者を欠くことができません。自然人には寿命があるため、世代交代の連続性が中心テーマになります。
世代の連続性は、かんたんな計算でモデル化できます。たとえば、22歳で新卒入社し、65歳定年退職する企業を考えたとき、生まれ年の分布は44年分存在します。
44年を5歳ごとに区切れば8.8世代ある計算ですが、より簡単かつ多少手堅く見積もれば10世代あると概算できます。
従業員1,000人の比較的大きい企業で1世代あたり100人、従業員100人規模の中小・ベンチャー企業では10人程度の世代の中に、未来の経営者が含まれている必要があるのです。
このパイプライン形成がうまく行かない場合、部門長クラス・部長クラスのボトルネックや不祥事の顕在化で気づくケースが多いものの、地盤沈下が進行しているほど立て直しは大変になります。
人材パイプラインの初期構築
自社モデルの実運用知見が薄い初期段階では、重要ポストの導入前にパイプラインの末端から試行を増やして知見を得る方が安全です。
たとえば将来の管理職を選ぶ場合、若手現場マネージャーの人選で検証を進める方がリスク制御しやすいでしょう。
より上位役職の人選・配置を設計する際にも、下位役職モデルの個別要求事項をより厳しい水準にした項目を含むことが多く、検証済の知見を活用できます。
サクセッションプランニングを中心とする抜擢については、無情報を積極的に活用するアサイン方式の先行事例も参考になります。
採用から始まるタレントマネジメント
自社向けの予測力を持つタレントマネジメントを構築できた場合、内部の選抜ロジックにとどまらず採用基準にそのまま接続できます。
ビッグファイブ性格は長期間にわたって安定した資質なので、採用時の人材プールがそのまま人材パイプラインにつけ加わる性質を持ちます。
GEやデュポンなどの組織プログラムを牽引したラム=チャランは、「「CEO細胞」を持つ人材を、若いうちに見つけ出す」ことを強調しています(『CEOを育てる』)。「そうした才能や個人的特性が天性のものかどうかを議論しても無駄だ。現に若い頃に発揮し始め、会社に入る頃には自分のものにしている人が存在することは、誰もが知っている。」「才能のない熟年者にそうした資質を移植することはほとんど不可能」と説明します。
タレントマネジメントは、一部のエクセレントカンパニーが重視してきた「人を見る目」を再定義した科学概念とも言えます。
人材育成の役割を超えて業績を追求する際に必要なパーツが個々人の資質にあたります。
タレントマネジメントシステム
ここまで説明したように、人事管理→タレントマネジメントと直訳できる概念ではない ので、旧来の人事管理・人事情報システムの拡張・リプレースを行ってもタレントマネジメントは実現しません。
タレントマネジメントを支えるシステムは、人物特徴を測る機能が中核です。
性格をビッグファイブという共通座標で測り、ほかの弱い心理尺度を追加で測らないことがポイントです。
タレントマネジメントシステムは、人事データベースの属性を増やし鮮度を上げるといったビッグデータ・AI風の主張が広まっている部分があります。
学術研究では、この拡大解釈がタレントマネジメントから予測効果を取り出せない理由であるというストレートな批判があり、共通前提になっています。
指摘は明確で、ノイズを観測することによる構造的な説明力の低下です。 どの指標を採用すべきかという点には研究事例の蓄積ですでに知見があるため、各分野の実情を知ることが有効です。
人事管理システム選びはタレントマネジメントと独立で良い
組織が大きくなると、異動発令や勤怠管理、給与計算のための人事管理システムが必要になります。
問題は「人事情報系は変更しづらいため将来性を考慮しなくてはならないのか?」という点でしょう。 結論としては、人事管理システム選びの際にタレントマネジメントを除外して検討することが合理的です。
後述のとおり、各機能を個別に分析すると、人事管理システムとタレントマネジメントはかなり並行世界であることが分かります。
タレントマネジメントの目的で、人事管理システムを進化させなければならない関係ではありません。
これは経営学の見方とも一致します。
追加の心理尺度は、測定候補に残らなかった
「人物を計測する指標は多い方が総合的になって良い」という誤解については、個別の研究事例の総合からかなり結論が出ています。
よく知られている心理尺度の研究事例詳細
モチベーション・エンゲージメント・価値観・自己効力感といった性格外でよく知られる指標は、既知の要因やもとの成果水準を統制した研究で見ると次の水準にとどまります。
| 指標 | 統制後の職務成果への効果 |
|---|---|
| モチベーション(エンゲージメントを含む)8 | β=.129 |
| 従業員満足度(職務満足)9 | β≈.03 |
| 組織へのコミットメント9 | β≈.08 |
| EI / EQ10 | β=-.02 |
自己効力感も、時間に沿った成果変化を統制すると後続成果との関係はρ=.06で有意ではありません。さらに過去成果を統制するとρ=.01まで下がります。11
価値観も、職務成果とのメタ分析相関はρ=.14で、主要経路として示される職務満足じたいの統制後効果が表のとおりβ≈.03です。特定分野へのフィットは、研究が局所的すぎるため一般化できません。12
これらの指標の相関の小ささは、無視できない誤選抜を多く含む水準を示しています。タレントマネジメント目的で計測すべきでありません。
スキル管理はタレントではない
タレントマネジメントでは スキルや知識は、重視すべき予測指標からやや外れます 。
その理由は、タレントではないからです。スキル・知識は誰でも獲得できるものと捉える対象であって、誰でも獲得できるものからは差が生まれません。
「誰でも獲得できるとはいえない希少スキル」といった概念は、言いたいことは理解できるもののスキルの定義を出てしまっています。
スキルは育成のマイルストーン指標に置きたい根強いニーズがあります。そのスキルが一部の人材にしか獲得できない状況を見ているとすると、育成プロセスに再現性がないという結論になります。
このように、スキルの拡大解釈には育成概念を根本から破壊する力があるので、分類には注意が必要です。
さらに、従来スキルと知識の区別がつきにくかった資格・認定・研修受講履歴などは、スキルではなく知識と位置づけた方が誤解が減ります。
これは研修に関する経営学研究で、実務で効果が上がらない理由として整理されています。
育成の限界は、タレントに着目する本質的な理由でもあります。
例外的に、スキル追跡には有効な分野もあります。
たとえば、不動産業界の事例で考えると、店舗ごとに宅地建物取引士を一定割合以上設置する法令上の義務があります。 このように資格・免許のような必須前提の割り当てを、多数の人材×多数の施設で追跡する目的には、従来型の人事管理システムのアプローチは有効です。
重要な点は、これはタレントマネジメントとは関係ないということです。
最低限の職務前提と仕事の活躍は別物です。そのため、スキルをいくら追跡しても仕事の活躍予測にはたどり着きません。
評価履歴・人事履歴は予測指標ではない
MBO評価や人事評価データは、タレントマネジメントの仕事モデルで策定した評価尺度から見て、雑然とした成果記述にとどまります。
評価・人事管理データの研究事例詳細
目標評価ベースの過去の実績は、本人だけの記録ではなく、どんな仕事を任され、どんな環境で働き、どう測られたかも一緒に記録されていることを分析した研究事例があります。4
| 分類 | 例 |
|---|---|
| 仕事をする環境 | 設備の状態・同僚の行動・景気などによって、本人が同じでも仕事の結果は変わる。 |
| 任された仕事と機会 | 目標に挙げなかった仕事など、評価対象外の業務で能力を発揮しても、その成果が評価に残らない。 |
| 測り方・評価の仕方 | 仕事の順番など測定条件が違えば結果が動く。評価者が違えば、甘辛・ハロー効果・先入観などによって同じ仕事ぶりでも評価が変わる。 |
| 何を成果として数えたか | 実際の職務成果そのものではなく、研修成績などの代理指標を使うと、実務では重要でない学力など別の能力まで評価値に混ざる。 |
とくに、上司ごとのぶれについては各企業でも懸念ポイントとなることでしょう。
結論としては、目標評価をタレントマネジメントに流用するという着眼点がそもそも的外れです。
MBOは組織行動を統制することに主眼があります。その時々に重点戦略に沿った施策があり、その遂行を評価することをより重要な目的としています。
さらに、異動歴や役職歴、勤怠・給与履歴などの人事管理データと職務成果に着目した著名な研究はそもそも知られていません。
人事異動に関する202本の統合レビュー研究の事例では、異動すること自体を追跡する研究は豊富にあるが、それが組織にどのような効果があるのかは研究が少ないと指摘しています。13
タレントマネジメントから見ると、これらの履歴情報はすべて評価尺度の素データとしてもノイズ源となりますが、この素データを将来の活躍予測に転用することを、経営学者は直接的に批判しています。1
これはノイズの問題とは別に、予測と評価の両方に同じデータが出現するため、予測モデル全体が歪んで取り出せる情報量が減るからです。
評価データは一見主役に見えやすいのですが、根本的なツール構造として間抜けです。
この分類の履歴情報は、将来の予測に使えるという見方に対して研究は正面から否定的です。
タレントマネジメントシステムを名乗る旧来型人事管理システムでは主力のデータソースですが、データ資産として蓄積する価値を裏づける理由はありません。
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