戦略的な抜擢人事を支える理論

Decider経営リサーチ

エグゼクティブ・サマリー

日本の上場企業研究は「経営計画の空論化」という競争力の根本課題を抽出しました。 人的資源の枯渇に着目し、経営学の最新動向に沿った人事選抜のフレームワークを整理します。

  • 中期経営計画の達成率20%の背景には人的資源の不足がある
  • トップマネジメント交代の機会費用目安は2億円と推定。低リスクなミドルマネジメント選抜が焦点に
  • 不確実性を伴う環境で、民主的な抽選制が復権している。資格確認との併用で現代化
  • 業績アウトプットの観測を主体とする抜擢制度にブレークスルーの期待がかかる
  • 旧来のデモグラフィック属性ではなく、性格に着目した人材プールが最重要に

中期経営計画は制御不能に陥っている

中期経営計画は、実際には達成されないことが珍しくありません。

TOPIX500採用企業(金融業を除く)を対象に、2008年から2014年までに公表された中期経営計画と、その後の実績を分析した研究があります。 開示件数の多い3期先の目標では、売上高や営業利益など、ほとんどの指標で目標を達成した企業が20%を下回りました1

リーマンショックや東日本大震災を含む期間であることを考慮しても、達成率は低いと評価しています。 その実情として、企業が中期計画の実現可能性を必ずしも重視せず、株価への訴求や社員の士気向上を目的として、非現実的な目標を設定している可能性を指摘します。

また、中期計画は単年度の業績予想より系統的に楽観的であり、低成長・低収益企業ほど高い成長目標を掲げながら未達になりやすいことも確認されました。 中期計画が、年度ごとの業績予想を積み上げた実行計画ではなく、数年後の望ましい姿を示す目標として扱われていることがうかがえます。

その後の日経225企業を対象とした研究でも、中期経営計画の達成率は高くありません。 182社を対象とした中期経営計画の調査では、目標を達成した企業の割合は、売上高で34.26%、営業利益で42.86%など、多くの主要指標で半数に届きませんでした。 企業が設定する財務目標は平均4.61個で、営業利益・売上高・ROEが多く使われています2

「セルフスターター」への渇望は実在している

日本の中期経営計画の惨状は、かなり実行プランの不在をうかがわせます。 単年の業績予想は中計と無関係になっているとの指摘から考えて、実行フェーズの達成度の乖離ではなく実行計画そのものが無いのでしょう。

企業努力よりも資源不足の解消が先決です。

適切な計画になるかを差しおいても、そもそも実行計画を立ててみることができる人材は限られています。 英語圏ではこの資質を持つ人を"Self starter"(セルフスターター、自ら走る人の意味)と呼び、希少な人材資源と捉えられています。

先進諸国のうち日本だけは特異的にこの能力を「主体性」「自律性」と捉えることが多く、育成可能であるという幻想を持っています。

もし育成できるのであれば、計画が粗悪になることはあっても実行計画を立てないという事象は起きようがありません。 IRコミュニケーションは実行計画が不在である外観ではなく、実行不全の具体的な説明になるはずです。

結論から言えば、まず日本は育成幻想を捨てる必要があります。 現在多くの人が想像しているよりも、すでに 経営学研究は人材育成効果をはるかに狭く捉える立場 が固まっています。

そのうえで世界的に見てもセルフスターターは不足しています。

WHOは仕事上の精神不調の主要因として、アウトプットそのものを求められて実行手段がない背景を想定しています。 「どうすれば良いのか分からない。幹部からは結果の数値だけを求められる」と言いたいミドルマネージャーは、局所的ではなく遍在しているというスタンスです。 メンタル不調は増えていて、多くの企業でビジネス活動が上流から無秩序になっている実情を反映しています。

マネジメント層のキャリアが業績に与えるインパクト

マネジメント層にセルフスターターをアサインできない主な理由は、人選の基準として過去のキャリアを重視しすぎる点にあります。 キャリアに基づく人選は自然に受け入れられていますが、実際にはそれほど根拠が強いわけではありません。

CEO人選の研究では、年齢・社歴・経験をはじめとする経歴・属性情報は、メタ分析によって企業業績と関係する量の目安が明らかになっています34。 ここから、マネージャー人選に関わる機会費用を概算で推定できます。

CEO・トップマネジメントのデモグラフィック属性と業績

企業間の業績の違いを説明する割合を示す決定係数は上の図に示した母相関の2乗で計算されます。 つまり、年齢が0.36%、在任期間が0.64%、学歴が0.25%、過去の職務経験が0.64%と推定されています。

東証マザーズに上場した企業を調べた研究では、税引前当期純利益の標準偏差は、IPO前で7.34億円、IPO翌期には22.14億円でした5。 この統計値に年齢との相関0.06を当てはめると、CEO年齢が1標準偏差異なることに対応する利益差は、約4,400万円〜1.33億円になります。

経営交代には在任期間のリセットは付きものなので、トップ代替わりの際は純資産から2億円程度の原資を見込んでおきたい感触と言えます。 CEO以外のCxOについても経営チーム全体として業績に影響があるため「トップマネジメントには実績の明らかな人物を選定したい」という方針は妥当です。

トップマネジメントの属人的な性質は企業の戦略資源の中で例外的に影響が大きいことが分かってきた一方で、部門長以下のマネージャーは業績に直結する影響は重視されません。 CEOの10%の影響を10ポジションで分け合っていると仮定すると、先ほどの年齢モデルでは影響を大きめに見て1標準偏差あたり約44万円〜133万円となります。

このモデルは仮定しだいの部分はありますが、要するに次のような結論が得られます。

  • トップマネジメントの人選は現にリスクがある。その大きさには研究の蓄積から得られた目安がある
  • 非トップマネジメントの人選は、制御可能なリスクの範囲に収まる
  • この非対称性から、非トップマネジメントのポジションを試金石としてトライアンドエラーを尽くした方が良い

リスクは規模を見積もってトライすることが重要です。 マネジメントといっても、トップとそれ以外を同列視してしまうと経営陣選出システムが崩壊し、場合によっては急な総辞職という展開になりかねないわけです。

無作為性も採り入れた抜擢が必要

経営学はトップの資質を戦略資源と見込んでいますが、従来は在任期間や学歴といった外形的に把握しやすい間接指標しか使えませんでした。 たとえば在任期間には、本人の資質だけでなくその企業がトップ交代せざるを得なかった事情も織り込まれるため前提条件の統一に限界があります。

しかし近年、性格特性を直接測定する研究が進み、人物の行動傾向をより直接に捉える性格特性が、従来のデモグラフィック属性に増して重要な説明変数であることが明らかになりつつあります6

CEO・トップマネジメントの性格特性は業績に波及する

左の列に幹部のビッグファイブ性格特性があり、直接・間接に業績に影響しています。 デモグラフィック属性の相関係数0.05程度と比較して性格特性は0.25前後の強い数値が得られています。

この研究では、業績の分散全体の22%をこのモデルで説明できると報告しています。 分散分析では残りの78%に天命、すなわち市場の変動などの外部要因・非決定的カオス要因などが多分に含まれるため、人事を尽くせる選択肢の範囲で考えれば22%どころではない主要な決定要因と言えます。 トップマネジメントの業績への影響の大きさにくわえて、かなりの部分がその性格特性で説明できる構造になっています。

ビックファイブにより記述精度が飛躍的に高まったことで、社内の人材資源はリアルタイムに把握できるようになりました。 Deciderを用いて社内のサーベイを実施することで、性格面で職務にフィットする人材を絞り込むことはいつでも手軽に行えます。 この適格候補の中から抽選によってアサインする方法は有望です。

民主的伝統をもち、不確実性に強い抽選方式

従来、マネジメント層の役職は固定的なアサイン方法を採りがちでしたが、性格面のフィットを高めるためには流動的な抜擢と試行錯誤を意識的に活用する必要があります。

言うまでもなく抽選は、能力などの前提をおかずにランダムに選出する方法です。 一見、何も考えていない方法に見えますが、不確実性が支配する環境では「無情報」の性質に沿った方法であり、しかも民主的です。

古代アテナイでは、クジ引きは周辺的な補助手段ではなく、民主政の中核的な公職選出方法でした。 紀元前5〜4世紀には、9人のアルコーン(執政官。任期1年)をはじめ、例外を除く多くの行政官、500人評議会、民衆裁判所の陪審員が抽選で選ばれました。 市民なら誰でも統治者になりうることを平等の実体とする制度です。

また中世から近世のイタリア都市共和国、特にフィレンツェやヴェネツィアでも抽選が使われました。 ただしこちらは、民主政の全面的な基礎というより、選挙・推薦・資格審査・抽選を組み合わせて、派閥抗争や一族による権力独占を防ぐ仕組みでした。

抽選は、他の手段と組み合わせることで適材適所の知識を採り入れることも可能です。 近年、一定の資格や品質を満たした候補者のあいだで、最後の選抜をクジに委ねる制度が増えています。

代表例は研究費です。スイス国立科学財団は、専門家による評価で一定の水準を満たした研究提案について抽選を利用しています。 ニュージーランド保健研究評議会も、革新的な研究案が一定の審査基準を満たした後は、専門家が将来価値を精密に順位づけられないとして、抽選で助成先を決めています。

進学選抜でも、条件つき抽選は大規模に運用されています。 ニューヨーク市の公立学校では、成績などによって選抜グループを作る学校を含め、同じ優先順位の候補者が定員を超えた場合には、各応募者に付与された乱数で入学者を決めます。 評価可能な条件で候補群を分け、その内部では抽選する方式です。

政治制度では、アイルランドの市民会議が、年齢・性別・地域などを反映するよう層化したうえで一般市民を無作為に選び、薬物政策や生物多様性などの重要政策を審議しています。 これは条件を整えた抽選によって公共的な判断機会を配分する例です。

これらに共通するのは、評価を放棄することではありません。資格、最低品質、適格性など、確かめられる条件は先に審査します。 そのうえで、残った候補者の将来成果を確実に順位づける情報がないなら、評価の微差を過信せず、抽選で機会を配分します。

抜擢制度化のポイント

公的な資源配分について、資格要件を前提とする抽選が定着しつつあることを確認しました。 抽選を重視するということは、不確実性を正面から直視することであり、思考の放棄とは逆ベクトルの選択です。 この点はまったく自明ではなく、思考実験して確認するだけの価値があります。

企業の人選も同様の不確実な市場環境にあり、既存の選出ロジックが機能しなくなっています。 過去の職歴が要職の成功を予測する傾向は、デモグラフィック属性内の比較では大きめといっても絶対水準は小さいので、あるポジションを長く務めるということに本質的な意義はありません。

要するにこれは、コロンブスの卵です。 そのポジションを実際に務めてみたうえで機能するなら適している、という関係であるため、確証をもって選出するよりもアサインして観測する方が確実です。

そして、性格にもとづく適性判断には一定の予測力があるため、仮説基準に沿って候補プールを選び、抽選で決定する方式が合理的です。 性格に予測力があるということは、採用段階のプールの質で企業の競争力がおおむね決定しているということをも示しています。

戦略的な抜擢人事を支える理論
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  1. 淺田一成・山本零(2016)「企業の中期経営計画に関する特性及び株主価値との関連性―中期経営計画データを用いた実証分析―」『証券アナリストジャーナル』54巻5号、70–81 ↩︎

  2. 吉田栄介・藤田志保・岩澤佳太(2021)「中期経営計画の特性と目標達成―日経225企業を対象として―」『三田商学研究』64巻4号、59–75頁 ↩︎

  3. Wang, G., Holmes, R. M., Jr., Oh, I.-S., & Zhu, W. (2016), “Do CEOs Matter to Firm Strategic Actions and Firm Performance? A Meta-Analytic Investigation Based on Upper Echelons Theory,” Personnel Psychology, 69(4), 775–862 ↩︎

  4. Certo, S. T., Lester, R. H., Dalton, C. M., & Dalton, D. R. (2006), “Top Management Teams, Strategy and Financial Performance: A Meta-Analytic Examination,” Journal of Management Studies, 43(4), 813–839 ↩︎

  5. 本庄裕司(2021)「IPO企業の資金調達とパフォーマンス―東証マザーズによる検証結果―」『日本政策金融公庫論集』第50号、47–67頁 ↩︎

  6. Colbert, A. E., Barrick, M. R., & Bradley, B. H. (2014). “Personality and leadership composition in top management teams: Implications for organizational effectiveness,” Personnel Psychology, 67(2), 351–387 ↩︎

⁋ 2026/07/02↻ 2026/07/17
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