研修の効果を実例で区別する
研修などの訓練全般については、一定の効果が確認されているものの、「効果」の指している範囲が思っているよりも狭いこともまた確認されています。 その境界を理解するには、目的に対して意義のある例と無意味な例を対比することがもっとも分かりやすいでしょう。
次のリストは、訓練が実際の職務環境で再現性をもって改善すると確認されている例です。
- 腹腔鏡手術シミュレーション
- コールセンター業務訓練によるコール数改善
- 労働安全訓練による事故・職業病予防
- フライトシミュレータによる実機操縦
- 製造業の技能訓練による廃棄率低減
- X線・CT画像にもとづく病変分類
- 心肺蘇生練習
そして次のような例は、一度効果が提言されたうえで、再現検証などにより否定されているものです。
- ワーキングメモリ訓練による知能改善1
- 職場ウェルネス研修の健康・職務パフォーマンス改善2
- コーチングによる仕事上の目標達成3
- 管理職研修による生産性や品質、部下の欠勤などの改善4
- ハラスメント防止研修の抑止効果5
- チェスによる数学・一般問題解決能力強化6
- 楽器演奏による知能・学業強化6
- 脳トレ・認知ゲームによる認知能力改善7
- アクションゲームによる認知能力強化8
境界に近い例も効果を理解するうえで参考になります。 倫理研修は、知識やケースの倫理的判断を小〜中程度改善する一方、実際の不正行動の減少を示したものではありません。 また、自動車運転のシミュレータは車の操縦技能を上げますが、路上運転や事故予防となると効果は不明です。
このような訓練全般について、ある分野のタスク訓練が別分野のタスク改善に波及するという仮説は「遠転移」概念として、この分野の中心的な関心になっています。 上述リストは遠転移の研究成果です。
なお、訓練と同じような形式のタスク改善効果である近転移は多くの訓練で成立しています。 受講形式はとくに制約とならず、eラーニングも実務上の問われ方が近転移の範囲であれば機能します。
OJT(On the Job Training)はケースが分かれます。
もともとの目的である技能訓練に限れば効果がありますが、拡大解釈された「研修形式でない業務指導」全般となると効果はありません。
「遠転移」が獲得可能と言える範囲は狭くなっている
従来、仕事のタスク処理能力を提供する知的基盤は次の3つの概念カテゴリで研究が進められてきました。
| カテゴリ | 概要 |
|---|---|
| 知識・技能 | 特定のタスクを実際に行う方法の獲得 |
| 一般認知能力 | 理解、推論、複雑性処理を行う能力 |
| 性格 | 属人的な行動傾向として他者から観察されるもの |
このうち、まず知識・技能の分野で研究が先行し、個別の研究積み上げの結果として、遠転移が起きる前提が否定されました。 獲得した知識・技能は、訓練時と同じ問われ方や場面で限定的に発揮できる、という整理は素朴な想定と合っています。 ただ一般には誤解が残っているかもしれないので言いかえると「膨大な知識獲得が別分野の能力を底上げするわけではない」ことは確認済なのです。
認知能力は「難しい問題を解く訓練を重ねれば、考える力そのものが鍛えられる」といった期待にもとづく概念で、そもそも遠転移とオーバーラップする定義です。 古い源流は19世紀末にあり、長らく認知能力を強化する方法の研究が継続されてきました。 そして最終的に、先ほどのリスト中のワーキングメモリ訓練・脳トレといった手法を含む遠転移がメタ分析によって体系的に否定されたことで、2019年の論文を目安に、強化できない能力として合意されています9。
一般的な成人の思考能力を上げる目的の研究はほぼ途絶え、遠転移の中心テーマは臨床・高齢者のリハビリテーションなどに縮退しました。
企業実務への波及
前項の解説は、訓練全般が幅広い日常タスクに波及する本流研究のサマリーです。 たしかに期待は大きかったのですが、結論として訓練から得られる効果が残らなかった。
アカデミックな知見を尊重する立場をとるなら、考える力といった認知能力を何らかの訓練から得られるような期待を安易に持つべきではありません。 研修も同様であり、冒頭のリストを参考に有効性の範囲を区別すべきです。
認知能力そのものの研究と別に、企業における応用として採用選考の主力としてかつて認知能力が中核とされた時期がありました。 その際、学力テスト・能力テストとしてペーパーテスト形式の選考方式が普及しました。 これは、一般認知能力が職務のパフォーマンスをもっともよく推定するとされた研究に依拠しています。
2015年のメタ分析でその説明力の大きな部分が単なる計算上の補正でしかなかったことが分かり、いまでは積極的に職務パフォーマンスを予測する指標ではなくなっています。
育成・研修は当初の期待が過大だった
重複しますが、企業の研修・トレーニングについては冒頭のリストのように、有効な遠転移を引き続き探る研究が続いています10。 効果測定についても、当然ながら実際の企業実務で活用されることを念頭においています。
ただし転移は「無償ではない」と述べており、研修だけで無条件に成立するとは捉えていません。 研修を支持する研究であっても全ての受講者に効果があるとはもはや考えておらず、次の条件に該当する人には効果がないことを確認しています。 効果測定のノイズになるため、研修の前提のフィットしない人はプログラムから除外すべきという立場です。
| 必要な特性 | 概要 |
|---|---|
| Conscientiousness | 誠実さを示すビッグファイブ性格特性。まじめに学ぶ気がない人は学習効果がない |
| Cognitive ability | 一般認知能力。学びとる力には個人差があり、物分かりに難のある人は学習効果がない |
認知能力は訓練対象ではありません。 一番ややこしいポイントは、研修サービスの中に「考える力を育てる」といった認知能力を強化する見た目のプログラムが存在していることでしょう。 このジャンルは、継続している研究フレームワークも支持しません。
また転移は研修だけではなく、次のような受講後の職場の積極的な支援セットがあって初めて発現すると見ています。
| 必要な特性 | 概要 |
|---|---|
| 即時の機会 | 習得内容を研修直後から使える課題・役割・案件をアサインすること |
| 上司の実行責任 | 研修内容を使うか使わないかを受講者が考えるのではなく、明示的に使うよう指示する責任が上司にある |
| 上司・同僚による支援 | 相談・助言・承認・協力を積極的に提供できていること |
| 追跡測定 | 研修内容のうち、何が使われ・何が使われず、何が業務成果に機能したのかを追跡 |
このように、蓄積された知見を総合した結果として、企業研修のフレームワークは条件づけが多くなりました。
技能訓練は職場の条件を満たしやすいので、仕事の効果を測定しても再現性があります。 しかし、それ以外の一般的な企業では、アウトプットが何に由来するのかを分離できないでしょう。
知見を総合して素朴にとらえるなら、効果のある研修はかなり実技に限定され、それ以外には効果がない、と見るのが自然です。
企業研修は、当初の期待が大きすぎました。後世から見れば一時の混乱と整理されるでしょう。
学ぶ力の解明は、開放性にかかっている
仕事上の遠転移を提供しているのは属人的な性格です。 学ぶ力の1つはビッグファイブの信頼性でした。
もう1つの一般認知能力は、知識・技能とともに「強化できるもの」と捉える立場からスタートし、途中でその前提を捨てています。 これはビッグファイブの開放性に収斂しつつあるという解釈に近づいていると言えます。
開放性はビッグファイブの中ではもっとも捉えづらい特性で、連想の広がりやすさの違いを知覚しているようです。 脳機能との対応の研究が進められており、デフォルト・モード・ネットワークという外界反応と独立した機能のネットワーク構造の違いから来ているのではないか?という点が注目されています。
育成偏重は過ストレッチの温床
経営学研究では、個々人のトレーニングが懐疑的に見られているにも関わらず、企業のトレーニング投資がポジティブに捉えられているというパラドックスが指摘されています10。 研修で育成できる対象を企業が広く捉えすぎていて、かつ研修さえ提供すれば足りる、という誤解を反映しています。
この誤解の最大の問題は、現場の実行可能性が保証されないことです。 いま、研修を履修したから仕事がうまくいくと考えているビジネスパーソンが多いわけですが、研究によれば仕事を実行する力にはならないことが確認されている。
これまで述べた内容から、仕事の実行可能性の改善には適材適所の配置を第一として重視すべき、という方針も明らかになります。 いまとなっては説明力を失った学力テストも育成ではなく選抜配置を意図した方法でした。
育成偏重で配置転換が不足するということは、過度な能力ストレッチを求める職場が増えるということです。 これを裏づけるように、メンタルヘルス疾患が労働人口の変動と不釣り合いに伸びています。
仕事の実行可能性を改善するこれからの基本ツールは、ビッグファイブ性格分析の活用です。 Deciderを導入することで、この記事のテーマである開放性を含めて従業員の性格を手軽に分析できます。 これまで配置転換が現実的でなかったのは、個々人を客観的に描写する方法がなかったからです。 いまや道案内にGPS機能が欠かせないように、ビッグファイブ分析ツールが無ければ検討を始めるスタート地点にすら立てないのは当然と言えます。
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Sala, G., & Gobet, F. (2020). “Working Memory Training in Typically Developing Children: A Multilevel Meta-Analysis.” Psychonomic Bulletin & Review, 27(3), 423–434. ↩︎
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Song, Z., & Baicker, K. (2019). “Effect of a Workplace Wellness Program on Employee Health and Economic Outcomes: A Randomized Clinical Trial.” JAMA, 321(15), 1491–1501. ↩︎
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Cannon-Bowers, J. A., Bowers, C. A., Carlson, C. E., Doherty, S. L., Evans, J., & Hall, J. (2023). “Workplace Coaching: A Meta-Analysis and Recommendations for Advancing the Science of Coaching.” Frontiers in Psychology, 14, 1204166. ↩︎
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Powell, K. S., & Yalcin, S. (2010). “Managerial Training Effectiveness: A Meta-Analysis 1952–2002.” Personnel Review, 39(2), 227–241. ↩︎
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Dobbin, F., & Kalev, A. (2019). “The Promise and Peril of Sexual Harassment Programs.” Proceedings of the National Academy of Sciences, 116(25), 12255–12260. ↩︎
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Sala, G., & Gobet, F. (2017). “Does Far Transfer Exist? Negative Evidence From Chess, Music, and Working Memory Training.” Current Directions in Psychological Science, 26(6), 515–520. ↩︎ ↩︎
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Sala, G., & Gobet, F. (2019). “Cognitive Training Does Not Enhance General Cognition.” Trends in Cognitive Sciences, 23(1), 9–20. ↩︎
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